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この作品は、巴水が絵を描き、彫り、摺りは職人の手にゆだねるという、江戸時代のいわゆる浮世絵版画と同じ手法で作られています。レベルの高い伝統木版の技術を残しつつ、絵を描く人の意志をも尊重して芸術版画を作りたいという版元の意図から大正時代の“新版画”が始まりました。
今でこそ自分で絵を描いて、版木を彫り、摺るという版画製作の形式は当たり前ですが、それが盛んに言われはじめたのもちょうどこの頃でした。これを創作版画運動と言います。

そんな時代と逆行する旧形式の版画を、30歳半ばでスタートした巴水は、“塩原おかね路”等の長判から始まって没するまで600点余りの多くの作品を残しました。
初期の頃からすでに版画としての完成度は高く、版画をはじめてからは、“以前のように興味本位で描くのではなく、版画の出来上がりを予想して、一木一草も除けなくてよいところを選んで写生するようになった”と語っていたそうです。
この東京十二題はもっとも初期の頃の作品です。巴水の製作に関するコメントを読みながら、大正新版画をどうぞお楽しみください。
(川瀬巴水木版画集より一部抜粋)

川瀬巴水自筆の作品解説
“見馴れすぎたせいか、いつでも画けるという油断か、どうも私は東京を見る感じが鈍いやうであります。が併し一度ここぞと思ひますと、生まれた時から住んで居る所だけに、何か自分のものと云ふ様な不思議な力が出て、思ふままに写生の出来るのが常です。私は然した心の支配に依つて、いつも此の制作を致しました、これが“東京十二題”に就いての私の感想・・・・と云ふよりも経験でした。
この十二題は必ずしも名所のみを選んだと云ふ訳ではないので、其の折々興のおもむく儘に筆を下ろしたものですから、いくらか題材の片寄つて居る感じがあります。尤も此広い東京を僅か12枚に尽せる筈もありません。で、尚ほ、第二集、第三集と逐次製作する考へであります。


大根がし 1920(大正9)夏
Daikon-gashi,Tokyo

大根河岸は、京橋の傍にある青物市場です。
江戸の名残りをとどめた古い建物と軽快な感じを与へる新しい青物との、二つの対照を主としたものです。また青物市場特有の雑然とした感じを現わすことに努めました。

木場の夕暮れ 1920(大正9)秋
Twilight in Kiba, Tokyo

木場は深川にある材木屋の多い所です。
川の両岸には、この図でみるやうな材木の群れが長い行列を作っています。これは然うした場所の初冬の夕暮れ、天や水をあかあかと美しく彩どっている落陽を描きました。
夜乃新川 1919(大正8)7月
Shinkawa River at Night, Tokyo

板画の“藍”そのままの眼も冴ゆるばかりの澄んだ夏の夜、空には星が一つ二つ、ドッシリとした蔵と蔵の間を照らす瓦斯の火影。その当時、蔵といふものに一種の興味をもっていた私は、この“夜の新川”を得たのであります。

雪の白ひげ 1920(大正9)冬
Shirshige Bridge in Snow, Tokyo

今は昔のおもかげが全く滅びましたといふもの、名にし負ふ向島には、流石にまた捨て難い趣があります。
この日は朝からの大雪、私は“いざさらば雪見にころぶところまで”の風流を学んで、さかんに降りしきる中を百花園へと心ざしました。
其の途すがら丁度白鬚橋のたもとから、橋場今戸を見渡したこの“雪の白ひげ”を得ましたのです。

井のかしらの残雪 1920(大正9)春
Lingering Snow at Inokashira Park, Tokyo

杉の木立に囲まれた池の汀に、斑ら白く消え残った雪、枯蘆、沈静な水の蒼み、淡紫に棚引く雲の調子の面白さに、春まだ浅き井の頭公園を写しました。
こま形河岸 1919(大正8)初夏
Komagata-sashi, Tokyo

浅草駒形河岸の竹屋の前で、真夏の午後にスケッチしたものです。
立て並べた竹と竹の間が、扇の半開きのやうになって、そこから大川を隔てて、向河岸が見えています。道ばたに、荷馬車の馬がもの倦けに立っている姿や車上に睡る馬方など、如何にも夏らしい気持ちだと思いました。

品川沖 1920(大正9)夏
The Offing of Shinagawa, Tokyo

東京人の遊楽の一たる網舟で、夏の半ばに品川沖に出ました時の写生です。
徳川幕府が、ぺルリの来航に驚かされて、急拵えに築き上げた所謂“御台場”の青い芝生と、こちらの黒い“みをぐひ”との間をゆく白帆に興味を感じました。
それは薄曇りのした午後でした。

深川上の橋 1920(大正9)夏
Fukagawa Kami-no-hshi Bridges, Tokyo

上の橋は、深川の佐賀町から清住町へかけられた木橋です。時は夏の夕。
夕闇の橋間の暗さが、入り日の光に相対して、好い感じをみせて居りました。大川を遅遅として流れゆく帆かけ舟は、いつもながらの情景ですが、嬉しく思いひます。向こう河岸は中洲です。
不調和な西洋館も見えません。此辺は北斎の“隅田川両岸一覧”の当時が、そぞろに想い浮かばれます。

春のあたご山 1921(大正10)春
Atagoyama in Spring, Tokyo

一重はすでに散つて心地よい若葉に包まれた愛宕山の神社の裏手です、茲に一と満開の八重桜が、ひらひらと散る花吹雪は春の終わりをうらむ姿とも見えました。
五月雨ふる山王 1919(大正8)初夏
Sannnou Shrine in Early Summer Rain, Tokyo

官幣大社日枝神社、昔から“山王様”と言はれて有名です。
境内の桜は、どの梢にも爽やかな青葉が繁つて、神さびた楼門の朱と好い調和を示してゐます。しとしとと囁くような五月雨が、子守女の口すさむ唄と相和して、初夏の情緒を一層濃いやかにしました。

戸山の原 1920(大正9)冬
Toyama Plain, Tokyo

老女を化粧と譬へられた冬の月を画かうとして、省線の電車を大久保駅で降りた私は、戸山の原へと急ぎました。
今暮れたばかりですのに、あまりの寒さに人通りも絶えて、森の彼方の火影微かに、冬枯れの木立も物凄く、月は青白い光りを投げて居りました。
雪に暮るヽ寺島村 1920(大正9)冬
Terashima Villege in Snowy Twilight, Tokyo

続く家並みも面白い、土手からのだらだら坂、淡い火影が二つ三つ、片側は溝、ふる雪に往き来もまれにうす紫に暮れて行く、向島の寺島村・・・・電柱こそあれ、火入りの遠見、清元の出語りがありさうなど、黙阿弥の世話狂言の舞台面を想ひ浮べながら筆を執りました。

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